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朔日参り

2014年06月03日(火)

芳澍生は、毎月1日は「朔日参り」と言って、朝6時の大聖堂のご供養に参加します。
通常、寮では6時45分から朝のご供養が始まりますから、1時間近く早起きをして大聖堂に向かいます。
これから暑くなる季節は、朝の清々しい空気がとても心地よく感じますね。

今月、本当に久しぶりに(いや、何年かぶりに)、私は主人と一緒にご供養に参加させて頂きました。
4階ホール後に座り、少し落ち着いて周囲に意識を向けると、後の人の話し声もホールのざわめきも、
右へ左へと動く人の姿にも活気が感じられ、大勢の人が集うって良いなあ思いました。

その時、隣に座った主人が「自分たち東京の人間は大聖堂を見ても、何とも思わなくなっているけれど、団参で地方から来た人は凄いなぁと思うんだろうね~」と、言うのです。なんて感動の薄い(?)言葉なのかと思いながら、開祖さまが宗教建築に対する思いを書かれた『この道』一節を思い出しました。

海外の多くの宗教建築をご覧になられて《宗教建築は、ただ大勢の人が入ればいいというだけだなく、
荘厳さをそなえていなくてはならない。立正佼成会の根本道場となる大聖堂は、その信仰の根源を
あらわすものにしなくてはならない。》(続きは『この道』p79~p82をお読み下さい。

4階のホールに座りながら、「大聖堂に足を踏み入れた時、何とも言えない感動や畏敬の念、教えの素晴しさを感じられるように」と、心を砕かれた開祖さまの願いに思いを馳せていました。

時間ごとに、8階のステンドグラスから差し込むオレンジや緑の光りがホールの中を移動するのを時々目で追いながらご供養を終えました。

仏さまに真っ直ぐに向き合える自分でありたいと願い、6月のスタートを切った玉村でした。合掌