やなせたかしさんを通して

2021年02月26日(金)

本校創立者である庭野会長先生のご法話の中で、
アンパンマンでおなじみの「やなせたかし」さんに触れられたお話がありました。日頃の「ありがたい」気持ちに加え、「親しみ」を持って拝読いたしました。

やなせたかしさんと聞くと、アンパンマンの他に思い出すのがこちら

日本の百貨店で初めて三越が、オリジナルデザインで使い始めた包装紙です。
当時、三越宣伝部の社員であったやなせさんの「mitsukoshi」というロゴが
ここに優しい文字で書き入れられています。

もしかすると、贈る・贈られるなどの「相手を思う気持ち」を、この頃から表現されていたのかもしれません。

読み物として雑誌に掲載されていた頃は、空腹に喘ぐ人の所へ駆け付けて自らの持ち物であるパンを差し出す人間の男という設定だったようです。その普通のおじさんが、いつしか自分自身の頭部がアンパンになり、可愛いキャラクターとなって、子供たちから絶大な人気を誇るようになりました。

そんなアンパンマンを菩薩と呼ばれた話を聞いたがあります。
貧しく困っている人たちに、単に食べ物を分け与えるのではなく、自らの顔をちぎって差し出すのですから、考えれば凄いことです。

更に顔が濡れたり汚れたりしてしまうと「チカラが出ないよ~」と、弱弱なヒーローになってしまうことは、自分でも分かっているのに、川や湖で溺れる子供たちを見かけると、我先に飛び込んで助ける…。まさに「まず人さま」。菩薩の精神そのものだと思います。

また、誰かのために生きることを喜びとするアンパンマンがこれほど多くの人に共感され、愛されるということは元を辿れば、受け止める側もやはり「悉有仏性」なのだと感じました。

先生のお言葉の締めくくりに、
「私たちは、みんなが仲よく生きる世界を築く一人ひとりなのです。」
とありますが、こちらもやなせさんが作詞した
『手のひらを太陽に』に通じるものがあると思いました。

“僕らはみんな生きている
みんな みんな 生きているんだ 友達なんだ”

学校生活でも実に多くの方々のお世話になっています。
そのことへの感謝を忘れず、更に一歩進んで、「喜んでもらえる人」を目指していきたい・・・。そんな思いが芽生えてきた、早春でした。


(まだウチにあった、アンパンマンたち)