自分の心が現象をつくる~幸せは自分の心が決める~

2013年10月08日(火)

お会式・一乗まつりの練習が大詰めの段階をむかえています。
 まつりのメインイベントである一乗行進の詳細は
http://www.ichijomatsuri.org/
に詳しく記載されているのでそちらに譲りますが、学生が全員参加するお祭りに教職員代表(と勝手に思っているだけなのですが)として今年の行進は「まとい」で参加させて頂きます。このブログエントリーを画面上部の「芳澍ブログ」からご覧になっている方は、下にスクロールすると、夛武先生がUpした写真に私の後ろ姿が載っております。見つけられた方には豪華賞品…はありません。
 法輪閣地上駐車場で練習をしておりましたが、様々な「大人の事情」により、練習場所を普門館の舞台(普門館の客席ホールは天井に耐震性の問題があるため、現在立入できません)に場所を移し、幹線道路である環七の騒音を打ち破るお囃子(はやし)を 5日/週 程の頻度で響かせております。今年のまとい班にはいわゆる「体育会」的な勢いがあり、中学・高校はテニス、大学は自動車競技と、体育会系男子の私としては、何だか時間が戻ったような錯覚に陥っております。(大学を卒業してからもう十数年経ちますけれど…)

 先日、研修を受ける機会がありました。日頃講義する側なので、受講する事そのものが大変ありがたく、講師さんの持ち味、伝え方など、自分にないものを学び自らを磨く絶好の機会でした。今回は「十如是」という研修を受講してきました。十如是の詳しい解釈・解説をお知りになりたいという方は、まず庭野日敬先生(開祖さま)の『法華経の新しい解釈』(佼成出版社 新装版 P.202~)をお読みになるのが一番だと確信しておりますので是非お読み下さい。

 さて、前校長の篠崎先生が、こんなお話しを分けて下さったことがあります。「100%間違いなく、確実に不幸になる方法がある。それは、「私は不幸だ」といい続ける事だ。」この話しの要点は3つあると私は受け止めています。
1.確かに、「不幸だ」といい続ければ相当に不幸になるなぁ、ということ
2.視点を変えると、確実に幸せになる方法がある、ということ
3.幸せ、不幸せは誰かが決めるのではなく、自分の心が決める、ということ
 先程紹介したお話は、英語の「Serendipity」(セレンディピティ)という造語を紹介するためにお話しされた一部ですが、今回受講した「十如是」とぴったり一致する部分があります。それは「性(心)」の受け止め方です。
 先日の研修での一コマ。ともに研修を受講された方に、お会式・一乗まつりの練習が嫌で嫌でしょうがないと訴える方が。職場から、すべき仕事があるのに、なんでそんなに早く仕事をあがるのか責められる。そんな話をするなかで、十如是の「性(心)」の受け止め方になりました。その方が不平、不満の心で参加を決め、練習していたことに気づき、その後一言。
 「すべての現象は、自分の心で思った通りにつくられていたんですね。」

 Chance favors the prepared minds.不平不満をいっぱい溜めて生きることの怖さは、絶好の機会がある時に、その機会を逃すこと。機会を逃すから、不平不満が増えるという負のスパイラルから抜けられないこと。負のスパイラルから抜ける「気付き」と「性(心)」の転換。

 今回のエントリーも事実中心で、しかもオチはありません…とりとめのない長文にお付き合いくださいましてありがとうございました。